2006年6月25日日曜日

いなくなった


ヒナが死んだ。

自転車で通りかかったところに、
地面を歩いている鳥の姿が目に入った。
ずいぶん近くを通ったのに逃げる様子もない。
あれ、と思って引き返す。自転車を傍に置き、しゃがんで覗き込んだ。
スズメのヒナだった。
どうやらまだ飛べないようだ。ひょこひょこと歩いている。
産毛がふわふわと揺れていて、震えているようにも見えた。

巣から落ちたのかな。親鳥はどこかな。
立ち上がって、上のほう、空や木のあたりを見まわしていると
背後に気配。

一瞬だった。
ぜんぶ一瞬だった。
はっと振り返ると、灰色で、汚れていて、ひどく痩せた猫がこちらを見ていた。
その姿を私が認めるや否や、こちらにとびかかってくる猫。
その動き(ほとんど残像)を目で追う、
猫の着地したのは、私がのぞきこんでいた地点。

反射的に足がでる。
私のつま先は勢い良く猫に向けられた。
当たらなかった。
スニーカーのつま先が、地面をはげしく蹴った。
すばやい動きで猫が逃げた。

ヒナがいなくなった。
猫がくわえている。
さっきまで動いていたかたまりが、猫の口の中で潰れている。
そのかたまりは、一、二度びくびくとうごいてから、止まった。永遠の静止。
ふわふわしたものにまぎれて、猫の口から硬質の何かがのぞいていた。
ヒナのくちばしだった。

上空で、鳥の声がした。親鳥だろうか。
スズメがばさばさと低いところをとびまわっている。
猫が繁みのなかに逃げた。
鳥が猫を威嚇するところを、そして猫が鳥から逃げるところを、はじめて見た。
ちーい、ちーい、ぢーい、ぎい、ぎい、
スズメとは思えないような声が響いていた。

ただ、ぜつめい、と思った。絶命。
かなしいとか、こわいとか、かわいそうとか、そのときは何も思わなかった。
いなくなったんだ、ということでいっぱいだった。

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2日前のできごとです。
誰にも言えなかった。
猫の薄汚れた灰色も、こっちを見ていた目も、
あのスズメの鳴き声も、そして猫の歯の隙間からみえた‘生きていたもの’も、
ときどきよみがえって、埋めつくされる。
入り込んできた得体の知れない何か(いなくなった、ということ)に
体内、体の奥からおされているような感じがする。






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