2006年6月2日金曜日

土曜日、


車校。高速教習にでた。びびりまくる。
教官曰く、「うまくやれてたから大丈夫」らしいけど、こわかった。
アクセルぐんと踏んですごい速さの群れに合流して、はしるはしる。
まわりで過ぎていく風景とかほかの車とかで、速さの感覚があやうい。

ふと考えたこと。
今ここで思いっきりハンドルを切ったら、まちがいなく死ぬな、と思った。
自殺願望なんて微塵もないけど(死にたくなるほどいやなことなんてひとつもないぜ)
ただ「死はいつも隣にいる」ということを感じた。
ときどきそういうことを考える。
電車を待っているホームで、「いま飛び込んだら…」と思う。
ゼミ室(8階)の窓から外を眺めながら、「いまもっと身をのりだしたら…」と思う。
死はいつもそばにいて、死は私の手のなかにもある。
それでも生きているってすごいことじゃないか。
いつでも死ねるとことを考えると
生きるっていうのは、慣性のはたらきによるものじゃなくて
もっと積極的で能動的な動詞なんだと思う。
生きているってすばらしい。

それと原付に乗った。思っていたよりもむずかしかった。
操作はいたってシンプルだし
普段チャリ乗ってるからバランスもとれるはずなんだけど、
はじめはけっこう苦戦した。
途中からたのしくなってきて、原付ほしい!って思った。

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友達と映画を観に行った。
東映のレイトショーで『好きだ、』を。
あまりにうきうきしてたので、
慣れないヒールなんて履いて出かける。

空の色がきれいなぎゅっとなる映画だった。
ああいいなあ、映画はいいなあ。

あと何年か後に、私をおぼえていてくれる人はいるだろうか。
どこかで会ったときに、気づいてくれるだろうか。
どうかおぼえていてほしい。
欲を言えば、ときどき思い出してほしい。
だれかのあたまの中に居座り続けたいなあ。


「好きだ、」






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