ヒナが死んだ。
自転車で通りかかったところに、
地面を歩いている鳥の姿が目に入った。
ずいぶん近くを通ったのに逃げる様子もない。
あれ、と思って引き返す。自転車を傍に置き、しゃがんで覗き込んだ。
スズメのヒナだった。
どうやらまだ飛べないようだ。ひょこひょこと歩いている。
産毛がふわふわと揺れていて、震えているようにも見えた。
巣から落ちたのかな。親鳥はどこかな。
立ち上がって、上のほう、空や木のあたりを見まわしていると
背後に気配。
一瞬だった。
ぜんぶ一瞬だった。
はっと振り返ると、灰色で、汚れていて、ひどく痩せた猫がこちらを見ていた。
その姿を私が認めるや否や、こちらにとびかかってくる猫。
その動き(ほとんど残像)を目で追う、
猫の着地したのは、私がのぞきこんでいた地点。
反射的に足がでる。
私のつま先は勢い良く猫に向けられた。
当たらなかった。
スニーカーのつま先が、地面をはげしく蹴った。
すばやい動きで猫が逃げた。
ヒナがいなくなった。
猫がくわえている。
さっきまで動いていたかたまりが、猫の口の中で潰れている。
そのかたまりは、一、二度びくびくとうごいてから、止まった。永遠の静止。
ふわふわしたものにまぎれて、猫の口から硬質の何かがのぞいていた。
ヒナのくちばしだった。
上空で、鳥の声がした。親鳥だろうか。
スズメがばさばさと低いところをとびまわっている。
猫が繁みのなかに逃げた。
鳥が猫を威嚇するところを、そして猫が鳥から逃げるところを、はじめて見た。
ちーい、ちーい、ぢーい、ぎい、ぎい、
スズメとは思えないような声が響いていた。
ただ、ぜつめい、と思った。絶命。
かなしいとか、こわいとか、かわいそうとか、そのときは何も思わなかった。
いなくなったんだ、ということでいっぱいだった。
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2日前のできごとです。
誰にも言えなかった。
猫の薄汚れた灰色も、こっちを見ていた目も、
あのスズメの鳴き声も、そして猫の歯の隙間からみえた‘生きていたもの’も、
ときどきよみがえって、埋めつくされる。
入り込んできた得体の知れない何か(いなくなった、ということ)に
体内、体の奥からおされているような感じがする。
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