姉と小倉まで。
おとうさんにもらった宝くじを換金した。
(当たった分をそのままお年玉としてもらったのです。)
初めて売り場に行った。
売り場の窓口でおばちゃんにわたしたら
専用の機械にかけて、当たり分を計算してもらえる。
へぇ、おもしろいなあ、と思った。
自分で宝くじを買うことはないから
なかなかレアなところをみたな。
銀天街のHotPointでランチした。
内装がちょっとおもしろくて、椅子の配置がクラブ(↓)みたいだと思った。
クラブ(↓)なんて行ったことないけど、イメージで。
浜松に戻った。
私が切符を買っているあいだに
姉は入場券を買っていて
ホームまで見送りにきてくれた。(う、うれしい。)
新幹線の、入場券を買うすべてのひとに幸あれ!
帰りの新幹線も激混みだった。
わたくしUターンラッシュも甘くみておりました。
途中まで座れなくてしんどい思いをした。
広島前で近くのおじさんが席をゆずってくれた。
いや、とんでもない、と首を振っていると
もう降りるからって。
おじさんはもう降りると言ってから、かなりの時間乗っていた。
ひとにしてもらうことと、ひとにしてあげること、
1対1にしようと思ったら
私の場合、ひとにしてもらった分がたまりすぎているな。
少しずつペイフォワードしないとバランスくずれて倒れてしまう。
世界も、もちろん私も。
東京の街が舞台の、短編集。
はあ、東京は…というか
人間の住んでいるところはこんなにひろいんだな
と思った。
世界はひろくて、
それを見つめるものの数も多い。
すてきなことだな。
いい雰囲気の話ばかりだった。
わらえるところはめっちゃわらえた。
それぞれおもしろかったけど
とくに「うつぼかずらの夜」が好き。
めちゃくちゃにたのしいときって
ぜったい、ちょっとさみしい。
いつまでも続かない、
いつかは終わってしまうって
分かってしまっているからだろうか。
(卒業前センチメンタルのせいだけじゃない、
私はいつもちょっとだけさみしかった。
いまだってさみしい。
なくなるのがこわいよ。
それは毎日を、いまこのときをあいしてるってことで
まわりにいるひとたちが大好きだってことで
しあわせなことなのかもしれないけど
時間が流れていく以上、
いま、がここにとどまることがない以上、
このさみしさからは解放されることがずっとずっとないんだって
ひとり絶望してみたりする。
(これを絶望と呼ぶには少しあまいだろうか?あまい絶望?))
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