2007年7月14日土曜日

水に引き寄せられる


小田原漁港。海はとてもいい。

発泡スチロールの箱が
あちこちに転がっている。
うん、漁港らしい。
風に吹かれてずずず、と
ひかえめに移動している。
派手に舞ったりしない。
そんなに軽くないのかもしれない。




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酒匂川。

夜になるとまた、ちがう顔。
夜の川は、いい。
仕事が終わってから、ときどき自転車で見に行く。
冷たい。硬い。尖っている。
と、いうイメージ。
しんとしている。
川をのぞきこむと深くて黒くて
遠くのほうには灯りがいくつも見えて
なんともいえない気持ちになる。
ずっとずっと前から、自分がこのあたりに住んでいるように感じる。






2007年6月4日月曜日

オダワライフ


ここから小田原編。
写真は、浜松で4年間住んでいた部屋。
荷物を運び出したあと。

引っ越すとき、先輩が手伝いにきてくれた。
荷物を運び出してから
駅前をぶらぶらして、トロンバでランチして
新幹線の改札前でバイバイした。
「またすぐ普通に来ますから。」
「あんまりおおげさに別れると、つぎ会うとき気まずいですよね(笑)」
なんてカッコで笑いながら、改札前でハグ。
冗談っぽくかるくハグ、のつもりが泣きそうになった。
改札を抜けてから何度振り返っても
まだそこに立って手を振ってくれているのが
ほんとうにうれしかった。

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じつは「オダワライフ」というブログをこっそりつくっていたのだけれど
ぜんぜん更新していないので、そっちに書いたことを転記。
(書いたのは3月末くらい。)


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小田原にきた。

お堀端通りで上をみあげたら
桃色と黄緑色のまるいものがいっぱい漂っていた。
(まるいものは透明なひもでつながれて吊るされているので
ぱっとみると宙に浮いているようにみえる。)



駅の西口に民族音楽系のストリートミュージシャン。
笛を吹いて不思議な音を響かせていた。

女子高生のスカートが平均的に短い。バランスがいいと思う。
大雄山線はかわいい。

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鍵を受け取りに行ってからアパートへ。
電気、ガス、水道の電話。もしもし。
荷物がまだ届いてなくて部屋に何もないので、買い物に出た。
駅前をうろうろしてみる。
百均で水とバスタオル(!)を
コンビニで市の指定ごみ袋(45?用10枚で126円)を
ラスカ(駅ビル)のローリーズファームで着替えの服を
有隣堂で雑誌と文庫本と小田原ガイド本を購入。

アパートの近所をてきとうに歩いてみたけど…なにもない。
はやく自転車がほしい。

はじまりましたオダワライフ。


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何もない部屋で目覚める。

すごい早起きした。いい傾向です。
午前中にガス屋さんが来てくれて、やっとお風呂に入れた。
そのまま家にいて、午後まで引越し屋さんが来るのを待つ。
待っているあいだガイド本を読んでいた。


『小田原・箱根・真鶴・湯河原・足柄エリアまたたびガイド おだまに?』


よい!よいではないか小田原!
行ってみたいところがたくさんある。
大雄山線に乗って最乗寺に行きたいなあ。
引越し屋さんが到着してからは
ポカーンとしているうちに、荷物がどんどん運び込まれてきた。
(プロの仕事!)
ああ、なにもない部屋がうまっていく…。
そういえば引越し屋さんの中にへんなおにいさんがいて、
キャスターついてるケース運ぶとき「ずばばばば、」と言いながら運んできた。
ずばばばば?
洗濯機が排水ホースの位置の関係で横向きにしか置けなかった。
するとまたそのへんなおにいさんが「いやおかしいだろ」「いや不自然だって」
とツッコミを入れまくっていた。(だからそれは分かってるって!しょうがないじゃん!)
しかしなんでだろう、なんかあのひと初めて会った気がしないんだよな。
引越し屋さんがひきあげたあとは、ひとりでさくさく荷解き作業。
何時間もたのしめそうな量のプチプチがあったけど、かさばるから捨てた。
ダンボール開けたり棚を組み立てたり。
夕方になっておかあさんがきてくれて
散らかったままの部屋でお弁当を食べてから、駅前に出てお茶した。
まだ街のことが分かってないせいで気の利いたお店が見つからない。
ふつうのチェーンのカフェに入った。惜しい。
もっと知りたいぜオダワラ!

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ってな日記をつけていたようです。






また会える


振り返りラスト。
(つぎからようやく小田原編に突入だ!)

部活の追いコンがあった。
追いコンってものは
いつもたいせつな人たちを
追い出してきた行事であって
自分が追い出される側になるなんて
想像もつかないことだった。

ああ、
体育館って
どんな匂いがしていたっけ。


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ついに卒業式。
写真をいっぱい撮ったけど、
ぜんぜん足りない。
(また会えるさ。大丈夫さ。)

写真は、式と祝賀会が終わったあとで
情報棟8階から撮った夕日。

沈んだらまた昇るのです。

何度も経験してきたことで
そんなこと分かっているのに
沈む瞬間はやっぱりさみしかった。
こわかった。

のみ会からのみ会へ、
明け方(というか完全な朝)までのみ続けた。
一晩の出来事とは思えないくらい。
これ以上ないくらいの
おもしろさとはしゃぎぶりと笑い声だった。

真夜中のにこまん馬で
ダムが決壊したみたいに
なみだがとまらなくなった。
言わずにいたことが
止め処もなくあふれてきた。
目の玉が液体になって流れ出してもおかしくない、ってくらい。
(といったらなんだかグロテスクだなあ。でもそれくらいの涙だった。)
泣き止もうとしているのに
あとからあとから流れてきて
自分ではもうどうしようもなかった。

そのとき「大丈夫だよ」「また会えるって」と言ってなでてくれた手は
何よりもつよくあたたかく感じた。
(だれかを好きになるのはああいう瞬間ではないだろうか。)
大丈夫な気がした。また会える気がした。

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春がきた。







あまくとける


もうちょっと、振り返る。

卒業直前。
亡霊のようにゼミ室にあわられては
本を読んだり書きものをしたり
うだうだ過ごしていた。
(写真はそのゼミ室に訪れた
後輩のおみやげ、
Abondanceのマカロン。
「食べたことない」と言っていたら
新作のケーキといっしょに
買ってきてくれた。
さくっと軽く歯にあたるのに
あまくあまくとける。
あのマカロン、また食べたいなあ。)

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さよならが迫りくる中で、陽気にあそびほうけた。
そうするのがいちばんいいと知っていたから。
実際、そういう過ごし方をしてよかったと思う。

友達と京都・大阪に旅行に行った。

道頓堀の観覧車。










通天閣。










ビリケンさま。

「ビリケンさま、
どうかみんなとわたしとを
これからもつなぎとめてください」

「つながっていようとすれば
つながっていられるものだよ」



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福岡へも長めに帰った。

潮干狩り。










菜の花。











平尾台。
















2007年5月23日水曜日

ちゃんと残ってる


いつの間にか冬が去り
あたたかさに胸が痛んだ。
春がしのびよってきていた。
出会いの中にお別れを隠して。
はじまりの中におわりを隠して。

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バレー部のみんなと、寸又峡へ卒業旅行に出かけたときの話。
わたしはずっとカメラを握っていた。
何かにつけて、いちいちシャッターを押した。
撮っておかないと、なくなってしまうと思ったから。
撮ってもなくなるのに。
ファインダー越しにみるよりも
そのままみているほうがいいに決まっているのに。
分かっていたけど、どうにかして残したいって思ったんだよ。

(でもそんな心配することなかったかな。まだおぼえてるもの。ちゃんと残ってる。)

SLに乗った。













みんなで並んで吊り橋をわたった。
雨上がりの風の強い日で、
橋がぐらぐら揺れてこわかった。
(泣いちゃった子もいたくらい。)
みんなで一歩一歩前にすすんだ。
ひどく揺れるときは
歩みを止め、手すりを握りしめ、身を固くして風が過ぎるのを待った。
風が去ったら、
またよちよちと歩きはじめた。

風が吹いているとき。
わたしはひそかに
前にすすめないこのときよ続け、
とよくないことを思っていた。






2007年5月19日土曜日

今がいちばん


ちょっとだけさかのぼるよ。
大学を卒業する前後の、はなし。

「終わる」ってことが
ずうっとあたまから離れなかった。
何をしてても
その時間その空気その目の前にあるものが
じきになくなってしまうものだということを
忘れることができなかった。
(だからっていつもかなしい気持ちでいたわけじゃない。
ぜんぶたのしかった。
そのたのしさの中に必ずいくらかのさみしさがまざっていて
わたしのそばを離れなかったというだけ。)

正直に言うと
あの毎日にゼリーを流し込んで
冷やして固めて
ぜんぶ閉じ込めてしまいたかった。
それくらい大好きでした、みんなのことが。

卒業式の、祝賀会での挨拶でわたしは
「たのしかった、でもこれからもっとたのしくしたい、がんばりましょう」
というようなことを言った。(んだと思う、たしか)
まけたくないんだ。
全力で強がってやる。
今でも同じ気持ちでいる。
あの頃はよかった、だなんて絶対言わない。
今がいちばん。今をいちばんにする。

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ちょっとまた、さかのぼっていくつか書きます。
貼りたい写真もあることだし。

(いまのことも急がないと古くなるなあ。
時間の流れは無視して、ごちゃごちゃに書くかもわからない。)






2007年5月18日金曜日

さて何から話そうか


ごぶさたしてます。
元気でした、元気です。
(みんな元気かなあ?)


大学を卒業しました。
小田原に引っ越しました。
就職しました。

就職してから、もうすぐ2ケ月になります。

書きたいことがあるときほど、書く時間がない
というのがもどかしいです。

こうやって毎日は過ぎていくけれど
でも
はなしたいことがある!
はなしたいことがある!
はなしたいことがある!

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とりあえず、再開宣言。